研究プロジェクト
東アジアにおける正義へのアクセスのためのネットワークガバナンスの検証(科研基盤A)
下記の研究プロジェクトを2016年から開始しています。
研究目的
ネットワークガバナンス研究は、冷戦後の市場のグローバリゼーションを背景に、新しい公共(New Public)とともに世界的な潮流となり、日本でも注目されてきた。
とりわけ環境問題という 国境を越えた課題は、企業の社会的責任(CSR)を問うものとなり、最近は第二世代の研究として、 民主的ネットワークガバナンスが脚光を浴びている(E. Sorensen and J. Torfing (2007) Theories of Democratic Network Governance)。
そこで、「政策を導くルールや規範が不明瞭な越境的、多角的で 多文化なネットワーク内の異なる国や地域のアクターを繋ぐガバナンスのネットワークの役割の 解明が課題」とされている(ibid, 311)。本研究は、以下の3つを通じて、同研究の第三世代の研 究領域を示し、「人間の安全保障」のための新たなガバナンス研究に貢献することを目指す。
(i) 日中が政治経済上の影響力でしのぎを削る東アジア、とりわけベトナム、カンボジア、ミャンマ ーの新興国を対象に、開発や投資で土地を奪われ政治的迫害や紛争から逃れて出稼ぎや移住を余 儀なくされる農民ら脆弱な人びとの人身取引、労働搾取等による被害の実態を解明する。
(ii)2011 年国連人権理事会「ビジネスと人権」指導原則([A/HRC/17/31])等の最近のグローバルな規範が、 当該地域のコンテキストの中で、人びとの救済と自立のために実際に機能するために、関係する 企業、NGO、政府、国際機関等の越境的ネットワークがどのような役割を果たすかを検証する。
(iii) 持続的平和と開発を目指す正義へのアクセスのためのネットワークガバナンスの可能性とその課 題を明らかにし、そのための「人間の安全保障」指標を提案する。
本研究の着想は、応募者が 2010 年以来追跡調査を続けているカンボジアのコンポンスプー州の土地収奪事件から得られた。当該 事件は、アジア開発銀行(ADB)が支援した 2001 年土地法による経済コンセションを得たタイ系企 業が農民を不十分な補償で農地から強制排除し、抵抗する農民が弾圧された典型的な土地収奪事 件である。2014 年1月に Oxfam Australia により、当該企業に融資した ANZ 銀行が、環境破壊、人 権侵害、児童労働等に加担したとして告発され、国連指導原則違反等を理由に、現地の NGO と国 際NGOが共同でOECD多国籍企業ガイドライン上の不服申立を豪州政府に提出し、その成り行きが 注目されている。
同様の開発や投資による農地からの強制立ち退きはこれら諸国で共通に観察さ れるところ、ミャンマーでは現在日本が官民であたる経済特区の建設を巡り、JICA へ住民から不 服申立もあり、今後更に紛争の多発が予想される。
ベトナムでも、地方都市における土地を巡る 紛争は、中国同様当局の汚職と相まって顕著であるところ、司法等による解決はいずれの国でも 期待できない。むしろ被害者は隣国での出稼ぎや不法労働で搾取され、人身取引の温床ともなり、 民族的な迫害の対象ともなっている。
ロヒンギャ族の難民船の事例のようにアジアでの新たな難 民問題として懸念されている。応募者は、弁護士として 80 年代からインドシナ難民の保護に取組 み、UNHCR を経て UNTAC 人権担当官としてカンボジアに赴任し、その後国際金融法務を専門として、 EBRD(欧州復興開発銀行)で主に中央アジアの市場経済化のための法整備支援に関わった。
これ らの経験を基に科学研究費基盤 A「紛争と開発:平和構築のための国際開発協力の研究」を 2003-7 年 に 取 組 み ( 0 3 年 に は ハ ノ イ で 在 外 研 究 を し て 現 地 の 紛 争 処 理 を 研 究 )、 開 発 援 助 の 平 和 構 築 へ の 応用として、紛争管理のガバナンスのためのアジア法整備支援を吟味、検証した。
本研究は、(1)紛争処理研究、(2)法整備支援研究、 (3)難民移民研究を土台に、これらの研究成果からみえてきた市場と市民社会と国家(国際機関を 含む)の多元的で相互補完的なガバナンスのあり方を、日中がその影響力を競う東アジアを舞台 に検証することで発展させ、人間の安全保障のための持続的平和研究に貢献する。
途上国での人権侵害に対して先進国の企業も取引のある限り一定の責任を負うという、上記国連の指導原則を遵守するための人権デューデリジェンスを実際に機能させるにはどうしたらよい かを明らかにする。
とりわけ、救済へのアクセスを、難民、強制移動民(国内避難民やいわゆる 開発/環境難民を含む)の排出国である、ベトナム、カンボジア、ミャンマー(補足的に中国、 モンゴルも)を主な対象とする東アジアのコンテキストにおいてどのように確保するかを展望す る。このため、以下の 7 つを目指す。
(i)グローバルな市場原理で動くビジネスにおいて具体的に これを機能させるための新たなガバナンスに必要な条件とは何かを明らかにする。
(ii)当該国、 日本、中国に加え、豪州ほか関係先進国と国際機関で、国連グローバル・コンパクト、OECD 多国 籍企業ガイドライン等の国際規範および ISO26000 のような企業の自主的な規範がどのように解釈 され、適用されるのか、されないかを調査して、それらの越境的相互補完性を明らかにする。
(iii) ベトナム、カンボジアにおける外国投資に(法整備支援も)関係する格差や汚職を背景とした人 権侵害の実態、ミャンマーにおける紛争に絡んだ難民問題とビジネスの関係をそれぞれ解明し、 暴力の悪循環から抜け出し、平和の配当としての適正技術と公正な労働による現地に根づいた「法 の支配」の実現の基礎条件を明らかにする。
(iv)難民や人権に関する国際法の上記諸国の国内法 による実践の現状を調査し、その法執行を支えるガバナンスと社会経済条件を比較対照する。
(v) その条件に適合する持続可能な「人間の安全保障」に資する投資を実現するための、人権デュー デリジェンスの具体的な手続とこれに必要な情報収集と分析手法を究明する。
(vi)その情報のデ ータベースの構築と、企業活動を「人間の安全保障」の観点から評価するための指標化を試みる。
(vii)このプラクティスを支えるステークホルダーとして、国際機関・政府、市民社会・NGO/NPO と民間セクター・企業の役割分担と相乗効果及び相互補完関係を明らかにし、より良いネットワ ークガバナンスの実践のために提言する。
本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
本研究の特色・独創的な点は、(1)国際的/越境的規範が東アジアのコンテキストで機能するかを現地調査で検証する実証性であり、(2)そのため地域研究を駆使し、(3)学際的で、(4) 参与観察を用いた実践的な点である。市場のグローバル化で注目されるネットワークガバナンス が、中国の周辺国家である東アジア地域で、ASEAN 経済統合に向うベトナム、カンボジア、ミャン マーの各コンテキストでどのように機能していくか。
国際法、国際政治によるグローバル研究を、 現地法(国内法、慣習)と政治の理解に必要な歴史や地理、人口動態を含む労働経済等の地域研 究で実証的に発展させる。企業と NGO という非国家主体の役割を焦点に正義へのアクセスにおけ るネットワークガバナンスを論じる先行研究はほとんどなく先駆的である。冷戦終結後の国連を 舞台に提起され、日本政府がその概念化に一定の役割を果たした「人間の安全保障」の理念が、 2015 年9月に国連で採択された持続的開発目標(SDGs)に直接言及されることはなかった。しかし、 本研究の結果、同理念は SDGs に生かされ、国家の枠組みを越えて脆弱な人びとの安全を地球規模 で保障する新たなガバナンスのあり方を提示できるものと予想される。
SDGs の「すべての人びと の正義へのアクセスの構築」という目標に集約されるように、ネオリベラリズムが抱えるネオコ ロニアル的な課題に対して、ミクロからマクロに及ぶ権力の偏在と格差の固定を相互補完的に抑 制し、脆弱な人びとをエンパワーメントするネットワークガバナンスの構築が世界的に求められ ている。その可能性と課題を解明することで、国家から迫害され、守られない人びとの安全と、 一国では守れない人類的な脅威に対処するため、主権国家体制の限界を超える「人間の安全保障」 を実現する新たなグローバルガバナンスのあり方を日本から世界に提案するという意義がある。
研究計画・方法
4つの班に分けて、各班は研究分担者を班長として2名の連携研究者と1名の研究協力者から 構成される。4 半期ごとの全体研究会で研究計画、進捗報告をし、隔月で小規模な研究会を開催することを原則とする。カンボジア、ベトナム、ミャンマーを対象に(中国、日本国内は補足的に) 現地調査を年に1、2回行い、現地の海外共同研究者と共同で調査し、豪州、シンガポールの研 究プロジェクトとも連携する。
年度末ないし年度始めに公開のシンポを、公開セミナーを逐次開 催し、学会、学術ジャーナルへの投稿を随時行ない、また企業、NGO,政府、国際機関の実務者へ のフィードバックをしながら、研究と実践を循環的に行い、報告は原則英語で発信する。
研究組織図
研究代表者 佐藤安信(統括)紛争処理・法整備支援・難民移民研究
研究分担者
A 班:国際規範 吾郷眞一 (国際労働法)
B 班:地域研究 古田元夫 (ベトナム史)
C 班:市民社会 阿古智子 (中国社会)
D 班:企業 鎗目雅 (CSR)
連携研究者
山影進 ASEAN
山田裕史 カンボジア政治
高原明生 中国政治
谷本寛治 経営学
滝澤三郎 難民政策
水野敦子 ミャンマー経済
山本哲史 国際難民法
関正雄 ISO
研究協力者
黒田和秀 世銀
菅原鈴香 JICA
高橋宗瑠 NGO
田瀬和夫 企業