インタビュー

人々を守るツールとしての国際機関と国際法

大学院修士課程修了後、国連にて、ネパール、東ティモール、スリランカ、インドネシア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スイスなど各国で勤務を経験。長年勤めた国連を離職し、エセックス大学にて博士号を取得後、東京大学で研究職、教職に就き、5年が経つ。

実際に紛争国に足を運んで感じたこと、国際法の様々なあり方、そして自身が描かれる今後をお伺いした。実務と研究の2足のわらじを履かれるキハラハント先生だからこそ語れる、紛争国の姿と今後の国際法のあり方とは・・・


お話

キハラハント愛


聞き手

飯島美穂子



●飯島 先生は国連にて様々なご経験をお持ちですよね。紛争国家におけるプロジェクトなど大変興味深いですが、そのお話をお伺いする前に、国連に関心を持たれたのは何かきっかけをお伺いしたいです。


●キハラハント どこからお話をしたらいいかな・・・高校生の頃だったでしょうか。「世界は不平等だな」と感じるようになったんです。発展を遂げることができた国は成長を続ける一方で、貧しい国は貧しいままですし。


●飯島 その格差はなかなか埋まらないですよね。


●キハラハント そうですね。あと、子どもの頃にドイツに居住していた経験があるんです。その後日本に帰ってきた際に、ふとした会話やメディアの報道などで、「アメリカ人はこうだ」、「日本人はこうだ」というような、国という区切りで分けられていることにふと疑問を感じたんです。国対国の戦争もそうですよね。国という区切りで分けられて、それらが互いに傷つけ合ってなんの意味があるんだろうと。こういったことを変えるために、どうしたらいいのかなと考えたんです。


●飯島 なるほど。


●キハラハント はじめは外交官を志して外務省などにも訪問をしていたのですが、日本の国益だけではなく、もっと人間の普遍的なものに関心があることに気づきました。普遍的なものというと、当時の私のイメージでは、コミュニティに寄り添うNGOのような枠組みと、国ではなく世界という、より広い枠組である国連があったんです。国連を1つの選択肢として考えていたときに、ラッキーなことに修士課程修了後に国連に入ることができました。


●飯島 幼少期の海外でのちょっとした経験、疑問が、少しずつ国連へと繋がってきたんですね。実は、私も幼い頃にイギリスに居住していた経験があるんです。今振り返ると、イギリス時代に経験した様々な出来事が今の自分に繋がっているかもしれません。


●キハラハント へぇ!そうなんですね。


●飯島 すみません、少し話がそれてしまいました。現在は、国際法、国連平和活動、国連の内部機構などをご専門とされていますよね。このような領域をご専門をされるようになったのは、これまで先生が携わられてきた国連におけるご経験が関係してくるのでしょうか。


●キハラハント そうですね。もともと大学生の頃から国際法を学んでいたこともあり、国連における東ティモールでの体験が自分の中では大きかったように思います。人口の3分の1から4分の1を失うほどの紛争や人権侵害のあった東ティモールですが、東ティモールの人々の言葉で現地の状況や要望を伝えても外にはなかなか伝わらない、東ティモールの状況を国連の言葉で伝えないといけないと考え始めたんです。そこで思ったのが、ある程度正当性のある言葉が国際法なのかなと・・・。一定の強制力、皆が納得できる言葉としての国際法の重要性を、国連に入って改めて感じるようになりました。


●飯島 なるほど、ある程度皆が納得できる言葉としての国際法。大変興味深いです。もう少し詳しく研究や国連でのご経験についてお伺いしたいですね。


●キハラハント どうぞどうぞ。


●飯島 ありがとうございます。先生のご経験や論文等を拝見して、「脆弱な人々、人間の安全保障が脅かされている人々を守るツールとしての国際法」というのが、1つご研究の中心になっているのかなと感じたのですが・・・


●キハラハント そうですね。国際法は世界共通の言葉、ツールとして重要だと考えています。これまで様々な研究をしてきましたが、やはり、国家同士の関係性そのものよりも、国際社会の中で、国際法、また、それを使う国連が、顔の見える人々の立場を向上するのにどう寄与するのか、というのが最終的には共通の軸になるんですかね。


●飯島 ご研究では、「脆弱な人々を守る国際法」を軸にされているということですが、国連にいらっしゃった時は、先ほどお話しに出てきた東ティモールだけでなく、ネパールやスリランカなど多くの紛争国において実務のご経験もおありですよね。それらの中で現地に足を運んだからこそ感じたギャップなどはありましたか?


●キハラハント ありますね。例えば、「紛争国」と我々が聞くと、その国を1つのものとして思い浮かべがちですよね。


●飯島 そうですね。1つのまとまりとしてその国をイメージします。


●キハラハント しかし、当たり前ですが、その国には異なる考えや姿勢を持った多くの人々がいらっしゃるんです。ロマンティシズム的に言えば、紛争国に暮らす人々はみんな脆弱な立場に置かれ、それでもなんとか生きていて、外からの助けが必要なんだと表現されることが少なくないです。でも、実際に現地に行くと、同じ紛争国に住んでいても、住民間で明らかな労働搾取関係の構図があったり、妬み嫉みなどもありますし・・・。そういった、ある意味多様性は強く感じましたね。あとは、これは紛争国家だからより強く感じたのかもしれませんが、「人は強い」ということです。


●飯島 「人は強い」というと?


●キハラハント 紛争国では、常に攻撃を受ける可能性がありますし、毎日目の前で誰かが亡くなっているような、想像を絶する状況が続くこともあります。そのような中でも、人々は何かしらの方法を見つけて、生きていこうとする。これまでの現場でそのようなケースをたくさん目の当たりにしてきました。家族を守るために自らの身を軍に差し出したり、子どもを売ったり・・・。こんなことあるんだ、と驚かされると同時に、色々なレジリエンスの形に気づかされましたね。


●飯島 紛争国家と聞くと、レジリエンスが脆弱という印象を持ってしまうのですが・・・。


●キハラハント そうなんですよね。でも、我々が「彼らは脆弱な立場だから」と考えて、勝手に援助の形態を決めて進めてしまうと、彼らが必要とするものと乖離が発生することもあるんです。もちろん、中には脆弱な立場に置かれる人たちが社会から組織的に排除されている場合もあるので、注意は必要ですが。同じような苦しい境遇にいても、例えば「被害者の会」を結成してコミュニティの中で自立していこうとする人々もいるので、レジリエンスには色々な形があって、とても興味深いですよ。


●飯島 彼ら彼女らが既に持っているレジリエンスの形をいかに活かしていくかが肝心になってくるのですね。やはり、現地のコミュニティに関わっていく際には、我々が持っている先入観をきちんと取り払っていくことが重要ではないかと、先生のお話をお伺いしながら感じましたが、先生が現地に足を運ぶ際に心に留めていることなどはありますか。


●キハラハント そうですね、おっしゃっる様に、先入観を持たないこと、そして常にその国、コミュニティ、そこで暮らす人々のことを知りたいと思い続けることですね。知りたいと感じなくなったらそこで終わりの気がします。


●飯島 知りたいと思う、その追求心はとても大切ですよね。その思いが人々の新たな一面を知ることにも繋がっていくでしょうし。


●キハラハント そうですね。村、コミュニティ、人によって様々な違いがあるので、先入観を捨て、人を知ることに時間をかけることは常に意識していますね。


●飯島 多くの紛争国にて勤務のご経験があるのでたくさんお伺いしたいですが・・・。その中でも、2008年頃から2年間実施されていた国連高等弁務官事務所ネパール事務所にて世界初のプロジェクトというのは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。


●キハラハント もともと外部資金でプロジェクトを行ったことのない国連高等弁務官事務所が「国連平和構築基金」を活用したプロジェクトを実施したという面で、世界初で、国連内部での処理は非常に大変でしたが、画期的だったんです。主に紛争後の平和構築のための移行期の正義に関するものでした。具体的には、紛争中の人権侵害、人道法侵害を記録するというマッピング、国内における市民社会団体の支援が2つの大きな柱でしたね。


●飯島 プロジェクト内で考えられていた市民社会団体はどういった層の団体だったのでしょうか。


●キハラハント 我々が考えていたのは、ダリットの方々のような、社会的に排除されていたり、脆弱な立場に置かれている団体ですね。彼ら彼女らの場合は、文書を作成した経験がない場合が多いので、国連から職員を派遣し、文書作成などから支援を行いました。


●飯島 かなりキメの細かいプロジェクトだったんですね。世界初のプロジェクトということで大変な部分もあったかと思いますが、効果としてはいかがでしたか?


●キハラハント そうですね。マッピングに関してはきちんと報告書にまとめることができましたし、市民社会団体への支援についても事前に考えていた予算の全てを配分することができました。


●飯島 ネパールにおけるこのプロジェクトが、ベストプラクティスとなり、他国にも適用されたといったことはあったんでしょうか。


●キハラハント まず、マッピングに関しては、ネパールでのプロジェクトを活かして国連高等弁務官事務所で手法などがマニュアル化されています。あとは、国連高等弁務官事務所がいかにしてあらゆる複雑な手続きを克服していくのか、プロジェクトを通して学んだということですかね。国連高等弁務官事務所がプロジェクトを実施できるというのが証明されたという面では、大きかったかなと思います。


●飯島 なるほど。色々な面で先駆的なプロジェクトだったんですね。国連職員としてこういったプロジェクトにご尽力されてきた先生にお伺いしたいのですが、プロジェクトやミッションを実施する当該国における国連への信頼性をどうお考えですか。国連への信頼性が、一定程度国民間で構築されていなければ、プロジェクト自体スムーズに実行に移すことができないと思うのですが・・・。


●キハラハント そうですね。それはとても大事なことですね。実際に現地に足を運んだ人間が、いかに与えられたマンデートを当該国にあった形で計画、実行するのか、それがものすごく重要なことだと思います。国連に対するマクロな信頼だけではなく、ミクロな信頼をいかに強固なものにしてくのか。難しいですが、プロジェクトを行う上では不可欠かと。


●飯島 マクロとミクロの信頼ですか。


●キハラハント そうですね。信頼といっても、安保理をはじめとしたマクロレベルでの信頼と、実際に現地に入りプロジェクトを行う人間というミクロレベルでの信頼の2パターンが少なくともあるのではないかと思います。想像以上に、現地の人々は国連職員を見ていますからね。


●飯島 プロジェクトやミッションをうまく進めていくためには、マクロ、ミクロの2レベルの信頼の醸成が求められているんですね。それでは、少し初めのところにお話を戻して、国際法についてお話をお伺いしたいと思います。国際法をご専門とされる先生にとって、現状の国際法の意義とはどのようなところにあると思われますか?


●キハラハント そうですね。国、民族、文化、宗教など、この多様な世界では、みんなが十分に合意をすることができる何かを持っている必要があって、その最も明らかなものが国際法なのではないかと思うんです。つまり、国際法とは「ここだけはみんなでシェアをしておきましょう」という教科書、指針みたいなものだと考えています。


●飯島 先生のお言葉をお借りすると、みんなで共有できる教科書、指針としての国際法の現状を見て、限界点や問題、あるいは危惧されていることはあったりしますか。


●キハラハント 前世紀末は、国際法、法の支配、人権の黄金期と言われて、多くの国がこれらを少なからず意識して守っていたんです。しかし、現状は、国際法をより明らかに曲解する国々が少しずつ出てきていますよね。そもそもこれだけ多くの国が存在していれば、国際法を守らない国はどの時代も一定数いると思うんです。しかし、そういったことが起きた時に、他国が「それは違反だ。」とはっきり言えて、それに少なくとも国際法を使って反論しなければならない、というのが国際法の効果ですが、今は違反があっても堂々としている国もあるするので、その点は危惧していますね。


●飯島 そういった現状を打破していくのもまた難しい問題ですよね。


●キハラハント そうですね。一方で、現状に関わらず第二次大戦後の力関係の構図を維持したままでいいのか、と言われると、よくないかもしれませんよね。あとは、経済力、軍事力など全体的に力を持っている国々が、国際法を意識することにメリットを感じなくなってきてしまっているという側面があるのかなと感じています。


●飯島 それはアメリカや中国といったところでしょうか。


●キハラハント そうですね。アメリカは多少一過性のものでしたが、ロシアやフィリピン、ミャンマーなどもそういった面はあるのかなと思います。このような問題も、少し前から表面化してきているかと思います。


●飯島 現状、おっしゃったような問題を抱えている国際法ですが、今後の国際法のあり方について、どのようにお考えですか。


●キハラハント そうですね・・・。ハードローからソフトローのように、違反をしても特に何もないのであれば、紳士的な合意として国家間同士で妥協点を図っていくのがいいのではないか、という声もあります。しかし、国際法という枠組みの成り立ちの歴史を振り返ってみた時に、それでは限界だったから国際法ができたのではないかと思うんです。特に第二次世界大戦以降、外交のツールとして、やはりみんなが共有し納得できる存在が必要になったので、何かしらの形が変わったとしても、そこはなんとかして守っていくべきだと考えています。やはり、最初に合意をした時に、当該国が何を意図としていたのかを考え直すことも必要であると思いますね。それをもって、国際法は生きているので、現状に合わせて理解していくということも重要です。例えば紛争時に適用される国際人道法では、新しい紛争の当事者や武器などがどんどん現れる中、人道性と不必要な殺戮の回避というそもそもの目的を考えれば、細部まで規則がない場合にも共通の理解ができます。


●飯島 現状抱えている問題をすぐに打破できるわけではありませんが、国際法の成り立ちの過程やこれまでの国家間の歴史を振り返ると国際法の意義は明らかであり、先生のお考えがよく分かりました。最後に、実務と研究という2つのフィールドをご経験されて、何か感じられることはありますか。


●キハラハント 実務を経験して、研究を行ってみると、この両者間に大きな乖離があることに気づきますね。日本の大学では、アカデミックの世界に入るには博士号を持っていることが必須条件でフレキシブルな対応をする隙間がなかったりしますよね。あとは、研究をする対象が、私が専門としているような国連、人権といった分野であった場合には、実際はどのようになっているのかということを少なからず興味を持って研究をしなければ使えないことがあると強く思います。なので、実務、研究を行う者が互いに興味を持ってアプローチをしていかないと、どちらも効果的な結果が出せないと思います。。


●飯島 海外と日本を比較すると、日本は時にその乖離があるんですね。


●キハラハント 国や大学によっても異なると思いますが、私の経験だと、そうですね。あとは、日本はジェネラリストを育てる教育文化なので、専門性はあまり重視されていないような気がしますが、専門性を追求していくのはとても重要だと思います。その過程で、実務的専門性か研究的専門性ということになると、どちらも必要になってくると思うんです。


●飯島 実務的な専門性と研究的な専門性はやはり異なるものですか?


●キハラハント そうですね、フィールドや扱う課題によっても異なってくると思いますが、私の研究分野ではかなり異なると思いますね。研究でこうあるべきだ、と示されていても現実的に実行できないことも多々ありますし、研究ではシンプルな構図でまとめられていても実際の現状はもっと複雑なこともあります。世界の現状や人々の声を反映したものであって欲しいと思います。


●飯島 実際に足を運んで、現地の方々と触れ合うことでしかわからないこともあるということですね。


●キハラハント そうだと思います。もちろん、全ての研究者の方に現地に数年滞在してもらいたいという訳では全くありません。色々な研究があって、それぞれ強みは違いますので。ここでも、研究者と実務者が互いに歩み寄って、補完し合うことが求められているということです。


●飯島 研究者と実務者間のコミュニケーションをどのようにして活発化していくか。こちらも今後の課題になっていきそうですね。それでは最後に、持続的平和研究センターにおいて、先生が思い描く将来像をお聞かせ下さい。


●キハラハント はい。やはり、実務を長年経験してきた身として、実務と研究の2つのフィールド間のバランスを取りながら、今後も研究をしてきたいです。実務と研究の架け橋のようになれればなと考えています。あとは、若い人々の声をたくさん取り込みたいという思いを強く持っているので、色々な形で研究や活動にどんどん参加をしてもらいたいと思っています。


●飯島 実務と研究の架け橋。実務もご経験されている先生だからこそできる大役だと思います。国際法のあり方や紛争後の平和構築、そして実務と研究の関係など、幅広くお伺いすることができ、大変興味深かったです。今日は本当にありがとうございました。


●キハラハント ありがとうございました。