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【ANRIPセミナー開催報告】難民のためのネットワークガバナンス―アジアに向けた日韓協力の可能性 2017年9月22日
文責:波多野綾子
2017年9月22日(金)、東京大学総合文化研究科持続的平和研究センター (Research Center for Sustainable Peace: RCSP) と「人間の安全保障」プログラム (Human Security Program: HSP) 、難民及び国際的保護のためのアジアのネットワーク (Asian Network on Refugee and International Protection: ANRIP) 、NPO法人「人間の安全保障」フォーラム(Human Security Forum: HSF)等 の共催によるセミナー「難民のためのネットワークガバナンス―アジアに向けた日韓協力の可能性 (Network Governance for Refugees: Possible Cooperation between Japan and Korea for Asia) 」が東京大学駒場キャンパスにて開催された。
セミナーは、国連UNHCR協会理事長の滝澤三郎氏の冒頭挨拶で始まり、韓国の弁護士で難民法の専門家でもあるピルキュー・ファン(Pillkyu Hwang)氏の基調講演が行われた。ファン氏は、2013年の難民法の制定など、直近10年の韓国の難民保護政策の大きな変化において、弁護士・NGOやメディアを含む多様なアクターのネットワークが果たした役割について述べた。同氏は、そこにおいて、ネットワークを構成する多様なアクター間の信頼と相互理解、そして訴訟や法改正のみならず、国際機関へのアドボカシーや比較法研究や市民に向けた意識啓発キャンペーン等包括的なアプローチを継続的に続けることが重要であることを強調した。その上で、ネットワークのアプローチの改善、政治の組織的な問題、そしてレイシズム等の社会規範や意識の問題などの課題もあることも認識しつつ、これらの問題にとりくみ法制度や社会を変えていくためには、共通の認識と共感に基づいたコミュニケーションを具体的な行動に落とし込んでいく勇気が必要だと締めくくった。
続いて行われたパネル・ディスカッションにおいては外国人ローヤリングネットワーク事務局共同代表・全国難民弁護団連絡会議世話人で弁護士の鈴木雅子氏、法務省入国管理局総務課難民認定室補佐官の菱田泰弘氏、JICAでシリア難民支援に取り組む谷口美代子氏、株式会社ファーストリテイリング・サステナビリティ部の幸あかり氏が登壇し、日本の難民政策及び難民保護についてそれぞれの立場から紹介するとともに、議論を行った。まず、菱田氏は、日本における難民認定制度及び難民申請・認定の現状について概観し、急増する濫用・誤用的な難民申請への対応等日本政府が抱える課題について触れた。続いて、鈴木氏は、難民認定・保護の問題に長年携わってきた弁護士の立場から、優先順位が移民管理に当てられ難民の支援に置かれていない日本の難民政策の問題点について指摘した。問題の解決においては移民労働政策を含む包括的な改革を行う必要があると提案し、難民の定住政策の改善においても、官民の共同が不可欠であると述べた。谷口氏は、JICAの中東におけるシリア難民の支援を事例に、グローバルな平和構築の文脈の中での難民支援とその課題について紹介した。また、留学生としてシリア難民を日本の大学に受け入れる新たな取組みも紹介された。幸氏は、株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)やNGO等と協力しながら取り組む難民支援事業について紹介し、特に店舗において難民を積極的に雇用することで、企業の立場から難民の自立につながるエンパワメントに貢献していると述べた。
これらに対して、ファン氏から、長期に渡る難民認定の問題の解決のためには、より多くのリソース(予算と人員)が必要であり、官民の連携と協力を強める必要があるのではないかとコメントがあった。滝澤氏は、日本も韓国から学びながら移民政策・システム全体を改革する必要があるとする一方、難民を将来の平和構築を担うアクターとして積極的に捉え直す必要があり、難民の力を活かすユニクロの取組みは韓国においても参考になるのではないかとコメントを行った。さらに、UNHCR駐日事務所法務部准法務官の谷直樹氏は、難民保護においては、日韓含め各国には異なる文脈があり、完璧なホスト国は存在しないからこそ、多様なアクターの協力が必要となり、今回のANRIPのようなセミナーはネットワークの構築や協力に非常に重要であると述べ、パネリストからも同意の声があった。
フロアとの質疑・議論においては、濫用・誤用的な難民申請の課題についても触れられたが、ファン氏は、(申請)数の問題は後からついてくるものであり、明確で透明な認定基準とプロセスがまず必要であると答えた。また、どのように異なるアクター間の信頼を醸成し、ポジティブな変化を起こしていくのか、という質問に対しては、まず現場で共同する経験が必要であり、その中で時間をかけてお互いが共有できるものを学んでいく過程が大切であるとファン氏から回答があった。また、UNHCRは難民問題の解決のためのネットワークにおける建設的対話の場の構築にもっと貢献する余地があるのではないかという意見とともに、難民の保護に国内外で携わるアクターの継続的な対話の場が必要であることが合意された。
本セミナーには、学内外から約40名強の参加者を得て、日韓の難民政策の現状と課題を共有し、互いの国がそれぞれの文脈や取組みから学べることについて、密度の濃い議論が行われた。また、多様なアクターの協働の重要性についても参加者の間で認識が深まり、政府・企業・国際機関・法曹・アカデミア等が一同に会して率直な議論を行った本セミナー自体が、ネットワーク構築のための貴重な対話と協力の契機となったと考えられる。
※本セミナーは、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究A)「東アジアにおける正義へのアクセスのためのネットワークガバナンスの検証」(平成28-32年度、代表: 佐藤安信)の助成を受けて開催された。