インタビュー

大学だからできる難民問題へのアプローチ

東京大学で教鞭をとる佐藤安信先生。

国際派弁護士としてご活躍され、ロンドン大学への留学を経て、名古屋大学から東京大学に赴任されたのが十年前。

「人間の安全保障」をテーマに研究に取り組んでらっしゃいます。


いつの間にか私たちは何かに縛られてしまっています。

佐藤先生はいったい、なぜ、このように自由に生きることができるのか。

能力だけの問題ではないような気がします。


考え方、行動、生活、人生の目標。

佐藤先生にとって大学とは、研究とは何なのか、まじめにうかがいました。


お話

佐藤 安信(さとうやすのぶ)

プロフィール


聞き手

山本 哲史(やまもとさとし)



1. 走りながら考えろ。


●山本  佐藤先生は大学教員のなかではかなりユニークな部類に入りますね。一般的に、履歴書というのは読んでもつまらないものですが、佐藤先生の場合は興味深いと言いますか。


●佐藤  そうですか。自分ではあまり意識しませんが。


●山本  先生は現在でこそ東大教授ですが、何種類もの人生を歩まれているように思います。学生時代にさかのぼって伺ってもよろしいでしょうか。


●佐藤  私は弁護士として社会人を始めました。その後、ハーバードロースクールへと留学したあたりから、確かに人生の軌道が少しずれ始めたのかもしれませんね。


●山本  当時の日本の司法試験の合格率は二%以下。これに在学中に合格なさっているわけですが、余程優秀でいらしたのですね。


●佐藤  どうでしょうか。私は東大受験には三度失敗していますからね。


●山本 当時の司法試験は、優秀であってもなかなか合格できない試験であったと聞きます。司法試験に取り組んで失敗した場合、貴重な時間を費やすことになってしまうのでは、などと悩んだりはしなかったのですか。


●佐藤 失敗を考えて挑戦はできないでしょう。失敗した時のことは考えてなかったというのが本音でしょうね。


●山本 弁護士が今と違って希少であり、間違いなくエリートであった時代です。難関試験に若くして合格なさったのですから、大きく稼ごうなどとは考えなかったのですか。


●佐藤 そういう気持ちもなかったわけではないですね。実際、私は後にビジネスロイヤーとして、たとえばEBRDで投資関係の法実務にも携わりました。ですが、結局は別の道に進むことになりましたね。


●山本 佐藤先生は司法試験合格後、司法修習生時代に検事としてのスカウトを受けていらっしゃいます。同じ法曹でも、なぜ弁護士を選ばれたのでしょうか。


●佐藤 当時は、そして今でもやはり、自分は弁護士だろう、と。自分にはなにか、自由に活躍できる場所に行きたいという願いがあったように思います。


●山本 そうでしょうね。佐藤先生を見ていると、自由が感じられます。


●佐藤 まあ、周りに迷惑もかけるわけですが。その時の感覚、その時の考えを大切にしなければ、情熱は維持できないというのがあります。


●山本 その情熱は、今ではご研究に向けられているわけですよね。どのように現在へとつながってきたのでしょう。


●佐藤 UNTACの経験が大きかったですね。ここまで歪むかというほど、社会が混乱し、正義や自由ということを真剣に考えさせられました。


●山本 佐藤先生にとっての原風景はカンボジアなんですね。


●佐藤 それまで自分なりに学び培ってきた知識や常識というものが、まるで通用しない。混沌とした世界というんでしょうか。自分自身の価値についても考えさせられました。


●山本 佐藤先生は後に研究者の道に進まれてからまず「貧困と法」研究に取りかかられ、次いで、「平和構築」研究へと展開されるわけですが、その原点がカンボジアにある、と。


●佐藤 そうですね。研究というのはわからないことを知ろうとする作業なわけじゃないですか。わからなかったんです。カンボジアで起きていたことというのが。なぜそうなのか、ということが。


●山本 ポルポトを生み出した社会。その背景。原始共産主義。その後に残されたもの。確かに、歴史から学ぼうにもほとんど初めての出来事ばかりですね。何から考えたら良いのか、手がかりさえもないような状況だった、と。


●佐藤 私たちはどうしても目の前のことに釘付けになりがちです。激しい出来事であればなおさらです。しかし、現象の背後には必ず原因がある。私はそこで始めて「法」というものを真剣に意識したような気がします。


●山本 法律家の佐藤先生が、カンボジアで初めて「法」を意識する。なんだか不思議な話ですが、それはUNTACの人権担当官としてのご経験からでしょうか。


●佐藤 虐殺の現場検証にも何度も足を運びました。力が法を凌駕している。法の無力を感じると共に、しかしこれではいけないと強く思いましたね。


●山本 その辺りから先生の「法整備支援」への思いが生まれてくるわけですね。当時のカンボジアには法もなく、法の専門家もいなくなってしまった。


●佐藤 確かに、日本や先進国でいう法や法曹はほとんど存在しないという状況でした。人権というのは姿形があるわけではないので、もともとそれそのものを見たこともないわけです。法制度がしっかりしていれば、敢えてそれをもちだすこともありません。空気のような存在ですよね。だからその存在を感じることができるのは、法制度がそれを守らず、実際に人権がはだかで脅かされた時だというわけなんでしょうね。ただし、研究を深めていく過程で、それでも慣習法は存在していた、ただ私たち外部者が無知だっただけなのだということを思い知ることになります。


●山本 なるほど。不自由さのなかにこそ本当の自由がある、というような。不正だらけのなかで正義を真に希求する、というような。そしてまた、部外者には見えない正義があると。


●佐藤 研究もそうじゃないですか。ないから見つけたい。分からないから理解したい。私の出発点はいつも、現状への不満や違和感なんだと思います。その感覚を大切にしなければ、情熱は維持できない。本に書いてあることをなぞったって、出てこない知識や経験もあるんです。その感覚を大切にしたい。無知の知ということなのかもしれない、考えてから走るのはなく、走り終わってから考えるのでもない。ようするに走りながら考えることが大切なんです。


●山本 なるほど。シンプルですが厚みのあるお話です。佐藤先生のご研究に益々興味がわいてきました。



2. 法とは何だろうか。


●山本 佐藤先生は弁護士としてキャリアをスタートされ、現在は研究者としてご活躍というところまで前回お話をいただきました。今回はさらに踏み込んで、より根源的なことも伺ってゆきたいと思います。


●佐藤 なんでしょう。緊張しますね。おてやわらかにお願いします。


●山本 すこし大げさな前置きになってしまいました。法とは何か、これを佐藤先生から伺いたいと思っています。法律家はそれぞれ、法について考えるところがあるものです。


●佐藤 法というのは、まず日本語では法ですが、英語ではとりあえず、ロー、ということですね。実定法という場合はポジティブ・ロー。これは機能的に有効な法のことです。つまり名前に法とついているというだけでなく、拘束力があるものという意味で実定法が重要になってくる。


●山本 いわゆる実定法主義ですね。法律家という場合に、弁護士のような実務家の場合はやはり空理空論とならないように気をつけるわけで、法を実定法に限定して考えるというのは、当然といえば当然ですね。


●佐藤 山本さんはよくご存知と思いますが、実定法主義には理由があるとしても、実は問題もあるんですね。


●山本 そうですね。機能的に有効な法、という場合に、まず、本当にそれが見えているか、というのがありますね。ある人から見れば機能的に有効だとしても、また別の人から見ればそうは見えない、というときに何を機能的に有効な法と見定めるか。まず一つそういう難しい問題が出てきます。


●佐藤 私たちはその点で、実はものの見方の押し付けをしてしまっていることがあります。例えば地域社会や伝統的な規範のなかにも、実は十分に機能的に有効な法はあります。ところがそういうものを実定法には含めない、という考え方をついついしてしまいがちです。


●山本 慣習法の議論ですね。議会制定法や、英国などコモンローの国での判例法という、国家法に限定して法を捉えるのではなく、その土地その土地に実際に生活する人々にとって有効な規範に目を向ける必要がある、という問題意識ですね。


●佐藤 そうです。「生ける法」という考え方。これはオイゲン・エールリッヒという法社会学の父ともいわれる方が提唱した非常に重要な法の概念です。ですが白状しますが、私は学生時代、法学部でもなかったので、ロンドン大で博士の学生として勉強するまで実は知りませんでした。


●山本 佐藤先生が「生ける法」を意識するようになった場面を、よろしければ教えていただけないでしょうか。


●佐藤 前回すこしお話しした、カンボジアです。1992年のUNTACに私が参加した当時のカンボジアの人びとは、ほとんどが日本では想像できないような貧しい人々でした。現在だけでなく、将来も閉ざされたような貧しさの中に暮らす人々。彼らは、近代法の建前、つまり法の下の平等であったり、人権であったりという概念上は、形式的にはそれらを保障されているはずなのですが、現実はもちろんそんなに甘くないわけです。たとえば裁判所。貧しい人々には、裁判所を実際に使う知識もお金もない。いや、私がはいったときは、裁判所はぼろ小屋で、私たちが認識するような裁判官もいません。職業裁判官のほとんどは、クメールルージュ時代に殺されて、法を学んだことのない、裁判所の守衛さんなどが裁判官として形式上いるだけ。給料らしいものすらもらっていない。裁判もやったこともないということでした。


●山本 法への「アクセス」の問題ですね。どんなに立派な法であろうとも、それを使えなければ意味がない。使おうにも、手を伸ばそうにも、制度までの距離があまりに遠い人たちがいる、あるいは制度そのものが機能してない。


●佐藤 そうです。つまり近代法がいくら立派な理屈を並べ立てても、実際の「アクセス」が困難であれば、絵に描いた餅です。そこで、法が社会で実際にどのように機能しているのか、していないのかを研究する、「法社会学」が重要になります。わたしもそれに気付いて遅まきながら博士の研究をする上でこの辺を勉強し直しました。その時に出会ったのが、和田仁孝『法社会学の解体と再生:ポストモダンを越えて』弘文社(1996年)です。難解ながら、近代法絶対の私の頭をかち割ってくれたわけです。実際、明治維新に欧州から近代法を、戦後は米国から、民主的な法の支配を学んだとする、この日本ですら、実務に携わればすぐにわかりますが、そんな教科書通りというか、大学の授業で習ったようには到底機能はしていないのです。ただ日本には、形はある。当時のカンボジアでは、形すらないという状況でした。


●山本 エマニュエル・カントは、法の存在と、それが実際に適用されることとの間には、千里の逕庭(けいてい)があるという言い方をしています。佐藤先生はカンボジアで、その千里の逕庭を目の当たりにされた、ということでしょうか。


●佐藤 お、今度は法哲学ですか?カントはそんな言い方するんですね。そうです。千里というのは、法や権力に近いところにいる人々からは、そのようには感じないことでしょう。しかし貧困というか弱者というか、そういう立場からみれば、まさに千里の逕庭です。


●山本 ちょっと哲学的になってしまいますが、まさにカントの世界観ですね。カントは言っています。「空間」とは、物質的・客観的なものではなく、人が自身の経験を整理したり伝えようとするときに作り出す観念に過ぎない、と。したがって、遠いも近いも、それを感じる人の感覚を無視して語るべきではない。


●佐藤 そういうことですね。ようするに近代法に対して距離のある人や地域があるわけです。しかし法そのものがないわけではない。その社会に根ざした問題解決の方法、すなわち慣習法を知り、それを尊重しつつ人権や法の支配といった価値観と調和させるための努力が重要なのです。


●山本 そうなるともう、司法試験で問われる知識とはまるで異なる発想が必要になりますね。もちろん近代法の存在を否定するわけではない。しかし近代法を絶対視するのではなく、それを当てはめようとする社会をしっかりと捉え、法の妥当基盤を知ることが重要になってくる。近代法が常に有効であるという、ある種のフィクションは通用しない。


●佐藤 そうですね。それで、重要なことは、簡単に言えば「弱者目線」となるのでしょうが、実はそれだけではない。弱者というよりも、物事に一つの正解を定めるのではなく、立場や見方によって様々な正解があることを知ること。それがより本質的な課題です。様々な立場を知り、受け入れること。多様性とそれを受け入れることのできる柔軟で寛容な考え方こそが重要であることを、カンボジアでは嫌というほど思い知らされました。


●山本 賄賂や汚職。これらも場合によっては慣習法と言えるほどに地域によっては浸透しているものと聞きます。近代法においてはそうしたものは当然ながら否定されるわけですが、カンボジアではどうだったんでしょうか。


●佐藤 こんなことがありました。国連が、現地のスタッフの採用を行うわけです。国連ですから、現地の一般的な水準よりもかなり高い給与がもらえるんですね。そうすると、その採用をめぐって一悶着(ひともんちゃく)あるわけです。


●山本 職を斡旋する代わりにそれなりのお金をよこせ、というような話でしょうか。


●佐藤 そうですね、いわゆるキックバックということです。日本が主導して設置され、実質法大半の経費を負担してきてる、いわゆるクメールルージュ裁判では、国際判事と国際職員、現地カンボジアの判事と現地職員がともに勤務するわけですが、現地職員の採用を巡っては、もちろん、給料は現地のレベルでは破格に良いわけですから汚職の噂が絶えませんでした。採用後給与の一部を採用で世話になったひとに付け届けするというようなことです。実際、そのような汚職を理由に、国連は資金提供をストップして、給料すら払えない事態を招き、日本政府がお人好しに緊急支援するようなことも度々だと聞いています。私たちからすれば、立派な汚職でも、カンボジアの人びとにとっては、まあ当たり前の慣行、言って見れば、日本でもある贈答文化といえなくもありません。最近でこそ、私ら先生も生徒からの贈り物やお土産などはできるだけ受けないように気をつかってますしね(笑)。


●山本 なるほど。まさに「生ける法」の世界ですね。近代法を押し付けるだけではうまくゆかない。とはいえ人権や法の支配といった理念について妥協するわけにもゆかない。


●佐藤 そうです。そこで、問題は、何が理想であるべきかということもさることながら、その理想をどう実現してゆけるか、ということになってくる。前者を突き詰めるのが学問、後者に重点を置くのが実務、という風に私は実感しています。


●山本 学問にも、問題解決志向のアプローチ(solution oriented approach)ということはありえます。佐藤先生はそれを目指して研究の世界に飛び込んで来られたというわけですね。


●佐藤 そういうことになりますね。ただし、問題解決志向のアプローチの場合、どうしても目の前のことに興味をそそられがちで、本質的な議論ができないことが少なくありません。実務の場合はそれはある程度はしょうがないことなのです。そこを深く掘り下げるために、私の場合は学術研究に興味を持ったわけです。


●山本 実務的な課題に、学問の専門性を動員して取り組もうとする佐藤先生の基本姿勢の原点がすこしわかったような気がします。これまでのご研究の軌跡にますます関心が湧いてきました。



3. 貧困の背後に目を向けよ。


●山本 これまで、佐藤先生が研究の世界に進まれることになった経緯などをお話し頂きました。今回は、佐藤先生が最初に取り組まれた研究プロジェクトについて伺ってゆきたいと思います。


●佐藤 貧困の問題ですね。私は十五年ほど前に、「貧困と法」研究会を名古屋大学で立ち上げました。


●山本 貧困というのは、社会問題のなかでも古典的と言いますか、いつの時代にも如何なる場所においても意識される問題です。


●佐藤 そうですね。一見すると豊かであるような国や地域にも、貧困は様々に存在するものです。


●山本 この数年、特に格差の問題が注目を集めています。アメリカでは大規模なデモが起こり、日本でも一億総平民という時代は終わったと言われます。トマ・ピケティのように、資本主義経済の矛盾を鋭く指摘する論客が、メディアで引っ張りだこになっています。


●佐藤 グローバル経済の問題は良くわかりませんが、経済というのは、本来は経世済民、つまり「世を経(おさ)め民を済(すく)う」というように、今日でいうところの政治や行政など、公の統治に関わる内容をも幅広く含んでいたんですね。お金や資本の流れや分配は、その意味では統治の問題そのものであるべきものなんです。


●山本 そうすると、貧困というのもまた、統治の問題であり、課題である、と。


●佐藤 そうです。ところが貧困の問題を、法の問題に還元して専門的に取り組もうとする研究は、未だに十分ではないという印象があります。特に法学の専門分野からは、直接的に実定法が関わりを持つ問題以外はなかなか扱いにくいというのがあったのでしょう。


●山本 私は当時、佐藤先生のリサーチ・アシスタントとして、先行研究調査にまず取り掛かった記憶があります。当時、救貧法や、いわゆる社会福祉にかかる法に関する研究はもちろんありました。人権のなかでも社会権に関する研究は当然ながら確立された分野を形成してもいます。一方で、グローバル経済や、いわゆる開発法学などの南北問題の文脈から貧困の問題にアプローチする分野の研究は、どちらかというとマクロの視点で問題に迫ろうとするものが主流でした。


●佐藤 そうなんです。ミクロ、マクロというのは大雑把な話になりそうですが、しかし問題の本質を突いている。前回までに少しお話ししたように、貧困というのは結局、権力や正義への距離として把握すべきものだと私は考えています。もちろん、お金がなければ話は始まりません。しかしお金だけが貧困と富裕を切り分けているかといえば、明らかに違います。順序からいえば、権力がまずあり、それを具現化する道具としてのお金があり、お金は様々に個々人の能力開発を時に制約し、時に促進する。そして能力は権力の再生産に正当性を与える。この一連の流れを意識することが重要なのです。したがってどうしてもまず、マクロ的に問題を把握する視点が主流になるわけです。


●山本 その主流的な先行研究の成果を踏まえつつも、佐藤先生はミクロの視点をこの問題の分析のために新たに導入することを試みられたわけですね。


●佐藤 そうです。これも前回少し話題に出ましたが、結局のところ、その権力や正義までの距離というのは、その距離を感じる個々人の価値観を抜きに論じることができないはずなのです。GDPや就学率など、全体の状況を見るためのマクロ的なデータでは、実感としての豊かさや貧しさを必ずしも十分に把握することができない。そういう感覚と、問題の根っこは同じなんだと思います。


●山本 佐藤先生が「貧困と法」研究会を立ち上げられたのは二〇〇一年の、ちょうど米国での同時多発テロの直前だったわけですが、その後、世界はテロに象徴されるように、さまざまなレベルで分裂・対立してゆく社会の問題に直面することになりました。私は国際開発研究科の大学院生でしたので、開発問題の文脈から、貧困や格差の問題は常に意識していました。激動的な変化というんでしょうか。当時の世界情勢についてはよく覚えています。


●佐藤 国連を舞台に「人間の安全保障」を推進しようと日本政府が働きかけていた頃、九〇年代の終わり頃から特に日本は力を入れてきたわけですが、それには伏線があったんですね。五〇年代、六〇年代のアジア・アフリカにおける植民地独立から、七〇年代にかけての新国際経済秩序の追求のための連帯、そして八〇年代の開発独裁の顕在化を経て、冷戦の終結。良くも悪くも大きな世界秩序というものが崩れ、次なる秩序の模索が始まった混沌とした時期ということができるでしょう。私たちの「貧困と法」研究会は、その意味で、その後の九・一一や「人間の安全保障」への流れに先駆けていたことになりますね。


●山本 二〇〇三年には「人間の安全保障」委員会が『人間の安全保障の今日的課題』という報告書を採択し、国際社会がミクロの視点で社会問題に取り組むという明確な方向性を示しました。さらに二〇一一年になると、国連総会は幸福に関する決議を採択し、二〇一二年には「人間の安全保障」の定義を定めるなど、個々人の視点に分解された生活の重要性を強調する流れが生まれました。


●佐藤 その流れを偶然と見ることもできなくはないですが、おそらく歴史の必然だったのでしょう。「貧困と法」研究会は、そうした流れを少し先取りする形で、貧困を権力や正義へのアクセスの問題として捉え、徹底してミクロの視点で法の問題を追求してきました。たとえばインドネシアの住民が原告となり東京地裁に提訴されたコトパンジャンダム撤去訴訟。最高裁までもつれ込んでいましたが、つい先日、原告の敗訴が確定しましたね。従来の開発問題の枠組みに加えて、法がどのように個々人の生活を守るための機能を発揮できるのかが問われた、典型的な事例でした。


●山本 少し柔らかい例を使ってみたいと思うのですが、法というのは結局、サッカーやフィギュア・スケートなどの競技のルールと同じで、ゲームの決まりごとですから、絶対に正しいとか絶対に間違っているとかいうことではないんですね。結局のところ、そのルールが誰にとって有利で、誰にとって不利であるか。これに尽きるんだと思います。


●佐藤 そうなんです。それで、そのルールの有利、不利を見極めるためには、ミクロの視点がなければならない。当然のことですが、しかしミクロの視点というのは小さな視点に過ぎないため、軽視や無視の対象となりがちです。しかも個々人の事情や価値観というのは、一般化も難しいため、なんらかの法則を導き出そうとする科学の立場からは、ルールが個人に及ぼす影響は注目されにくいのです。そして、強い立場の人から、わざわざルールを変えようなどという声が上がるわけもなく、一方で、弱い立場の人々の事情など配慮されにくい。


●山本 たとえば柔道のルールが改訂されれば、それまで常勝だった選手が、場合によっては勝てなくなる。逆にそれまで負け続けていた選手が、場合によっては常勝選手となる。ルールは変えられることがあるわけです。ところが、社会のルールを変えるとなると、権威や正義というものが邪魔をしてしまう傾向があるように思います。その権威や正義というのは、それまでの社会で力を持っている人々にがっちり握られてしまっていることが少なくないので、ルールを変えることをそもそも現実的に意識しにくい、というのがありますよね。


●佐藤 脱構築、というのはまさしくその議論です。私たちが当たり前と思っている世界は、実は結局のところ誰かにとって有利で、誰かにとって不利なルールを前提に成り立っている。そのことを、様々に描き出そうとする試みなわけです。


●山本 佐藤先生は一時期、クロード・レヴィストロースの『野生の思考』や『悲しき熱帯』などの構造主義系の研究や、脱構築論にはまっていらっしゃいましたが、そういう問題意識があったわけですね。


●佐藤 ははは。恥ずかしながら、聞きかじりです。むしろ、弁護士や、国際機関などでの実務による実践智とでもいうものでしょうか?私は初めから社会科学、いや法律学はそれですらないとも言われますが、そもそも真理などというものは望めないと思ってきました。基本的なことですが、学問でさえも、権力構造の中にある。主流的なものの考え方、マイノリティの考え方。凝り固まってはならない。単一で絶対の正義などない。ルールの相対化、ルールが前提とする価値を描き出し、その価値を問いただすこと。いってみれば、ソクラテスの「無知の知」を求めるということでしょうか。この営みこそが、社会科学に求められている、地味ではあっても弛みなく続けなければならないものなんだろうと思います。


●山本 私から見れば、佐藤先生の魅力の一つに、人を肩書きや過去の実績などで判断しないというのがあります。性格的なものかと思っていましたが、実はそうではなくてあらゆる価値に対して意識的であり、懐疑的である、そういうことなんでしょうか。


●佐藤 まあ、そういうことにしておきましょう。山本さんは法学部卒ではないし、私もそうです。法学部を卒業していないというだけで、法学者として認めない、というのは、了見が狭いというだけではなく、合理的ではない考え方ですよね。ましてや、法曹資格、一回きりの司法試験で、社会的身分をつくるようなやり方は、明治維新でその歴史的使命は終わっていると思いますが、未だにそれにしがみついている。機能が重要なはずなのに、権威が邪魔をしている。その典型的な場面が、学歴や職歴で人を見ることなんだと思います。勿体無いですよね。人の能力はそんなことで決まりはしないはずなのに。


●山本 よく知らない人の能力を判断することは難しいので、どうしてもその人がそれまでどのような学歴や業績を残してきたのかを見るというのは、よくあることですよね。ですが、突き詰めて考えると、学歴や業績というのは結果でしかないので、それだけを見ても、どういう理由で、どういう経緯で、その結果が導かれたのかは分からないわけですよね。ずるい人、うまい人、逆に不器用な人、あるいは、前例や常識にあまりこだわらない人。能力とは別の要素が結果に影響していることは十分にあるわけで、そう言う意味では、結果を重視しすぎるのは危険ですね。


●佐藤 そうです。貧困も同じです。結果でしかないのです。貧困は恥ずべきことでもなければ、哀れみの対象でもない。貧困自体は結果でしかないので、その原因を見極めねばならないのです。つまり社会の機能や仕組みが、貧困を作り出している。そしてその状態が、実は権威によって支えられてしまっている。しかも法は客観を装いつつ、その権威を補強する。そうした、貧困を作り出す仕組みやルールをそのままにして、「弱者」としてレッテルを貼られて、抑圧され、疎外されている人びとを解放しなければ、本当の貧困対策は見えてこない。貧困者に対する施しは対処両方でしかなく、問題の根治にはならないわけです。価値観に対する意識から変えてゆくこと。そのためには、現場が重要です。文献研究だけで問題に迫るには、自ずと限界があります。


●山本 「書を捨てよ、町に出よう」ということですね。とはいえこの言葉には、捨てるまでは書をさんざん読んでいるという前提があるわけで、ただ町に出てもしょうがないですが。


●佐藤 あ、耳が痛い!うまいこと言いますね。そうです。書を徹底的に読んで先行研究を踏まえ、問題意識を高める。しかしそこで満足などしない。書の中に描かれた世界が背景とする正義観や価値観を相対化するために、特に貧者、弱者とされる人びとの目線から批判的に「強者の書」を見るために、フィールドワークが欠かせないのです。


●山本 法学研究者でありながらにして、フィールドワークを重視する佐藤先生の研究スタイルは、そんな深い考えに支えられていたんですね。次回はさらに突っ込んで、佐藤先生の研究の真骨頂とも言うべき平和構築研究について伺ってゆきたいと思います。